日本は、日露戦争の勝利によって長春と旅順を結ぶ鉄道と撫順などの炭鉱経営の利権を獲得した。これらの事業を行うため、南満州鉄道株式会社（満鉄）が設立された（1906年）。

　1931年、石原莞爾を中心とした関東軍は、奉天(瀋陽)郊外の柳条湖で鉄道を爆破、これを中国側の仕業として中国東北部に進攻した。戦線は奉天など満鉄沿線の都市から満州全域に拡大し、錦州、チチハル、ハルピンを相次いで占領した。 翌1932年には満州国を建国、清の最後の皇帝溥儀が満州国皇帝に就いた。首都は新京、現在の長春である。

　満州国の建国に対してアメリカは不承認を声明、1933年の国際連盟総会で日本の正当性を否認し、列強による共同管理を提案するリットン報告書を圧倒的多数で可決した。日本は国際連盟を脱退した。

　満州国は、王道楽土・五族協和をスローガンにしたが、実体は日本の傀儡国家で、世界から承認されなかった。それでも、エルサルバドル、ヴァチカン、イタリア、スペイン（フランコ政権）、ドイツ、ポーランド、ハンガリーなど23ヶ国が承認した。

　愛新覚羅溥儀（あいしんかくら・ふぎ）は,、清朝第9代光緒帝の弟の長男として生まれ、3歳で第10代宣統帝となった。溥儀を皇帝にしたのは西太后。彼女は紫禁城の女官だったが、第8代同治帝を産んでから強大な権力を握るようになった。

　1911年、孫文による辛亥革命が起こり、中華民国臨時政府が樹立した。これに対して清朝は袁世凱を起用し、陸海軍の指揮権を与えた。しかし、袁世凱は革命政府と裏取引し、清朝を裏切った。日本、イギリス、アメリカも清朝に見切りをつけて袁世凱を支持した。孫文は、皇帝溥儀の退位を条件に袁世凱を臨時大総統とすることに同意、溥儀は6歳で皇帝を追われ清朝は滅亡した（1912年）。

　溥儀は皇帝の座を失っても、今まで通り皇帝として紫禁城で生活することを許された。新生中華民国の力は名目だけで、全国には軍閥が割拠していた。東北地方に勢力を伸ばしていたのが張作霖である。国内は内乱状態になり、北京は軍閥に占拠された。溥儀は紫禁城から退去を勧告され、日本の手引きで天津へ亡命した。

　　1928年、清朝の乾隆帝と西太后が埋葬されている東陵が、蒋介石軍に盗掘される東陵事件が発生、溥儀は蒋介石を憎んだ。その後、満州事変が起こり、皇帝になることを夢みていた溥儀は、満州国皇帝に即位した。

　1945年8月9日、ソ連が日本に参戦し、一気に満州国へ侵攻してきた。溥儀は列車で新京を脱出し朝鮮国境に到着、そこから日本に亡命しようとするが、ソ連軍に捕らえられる。その後、極東国際軍事裁判に証人として呼ばれ、中国で人格改造を受ける。1959年、中華人民共和国建国10周年の特赦で監獄から開放される。

　裏切り者という汚名を着せられ、一市民となった溥儀は、1962年、李淑賢と結婚する。その5年後、妻に見守られながら波乱の一生を終えた。

　溥儀の夫人婉容は、満州の上流貴族の娘に生まれ、西洋式の英才教育を受けて育つ。才色兼備の誉れが高く、17歳のとき結婚、皇后となる。性格も人当たりも良く､誰からも愛された。

　しかし、溥儀との結婚生活は幸せなものではなかった。溥儀には男色癖があり彼女に見向きもしなかった。彼女と溥儀は夜をともにすることもなく、同じテーブルで食事をすることもなかった。また、第2夫人文繍との確執もあった。彼女の心はすさんでいき、アヘンを吸い始めるようになる。溥儀はそんな彼女をますます疎んじた。

　文繍はこのような宮廷の生活に疲れ、宮廷を飛び出した。その後、教師になり、幸せな生涯を送ったという。一方、婉容は相変わらず満たされない日々を過ごしていた。やがて彼女は親切な部下に心をひかれていく。そして身ごもり女の子を出産する。生まれたばかりのその子は、母親に抱かれることもなく殺されてしまう。

　日本の敗戦、満州国の消滅、それから数年後、彼女はコンクリートで囲われた真っ暗な官房にいた。重度のアヘン中毒、精神病におかされた彼女はボロボロだった。すでに狂っていた。コンクリートの床に転げ落ちたまま、ベッドに戻ることも動くこともできなくなっていた。1946年、忘れ去られた彼女は誰に見取られることもなく静かに息を引き取った。41歳の若さであった。

　愛に飢え、最期まで孤独だった婉容。こんな時代に生まれなければ、美しく聡明な彼女は、人並み以上の幸せをつかめたはずだった。

　満州国に満州映画協会（満映）という国策会社があった。「日満親善」、「五族協和」など満州国の理想を中国人に教育することが目的だった。満映から出た女優が李香蘭、本名は山口淑子。日本人だったが、流暢な日本語を話せる中国人として売り出された。

　彼女は1920年満州の奉天（瀋陽）で生まれた。満鉄で中国語を教えていた父の影響から、彼女はきれいな中国語を話せた。また、帝政ロシアのオペラ座で活躍していたオペラ歌手に声楽を習い、歌の上手な美しい娘に育った。1937年に満州国と満鉄が出資した満映が設立されると、彼女は看板スターとして迎えられた。

　李香蘭は中国人でなければならなかった。満映は日本人が中国を守っているという映画を作る必要があった。彼女は強い日本の男に惚れる従順な中国人女性を演じ、多くの作品に出演した。彼女の映画は満州や日本では大ヒットしたが、中国人には屈辱的な内容だったため中国では嫌われていた。1943年、彼女の最後の作品「萬世流芳」が上映された。この映画は中国の映画会社との合作で上海で撮影された。アヘン戦争で活躍した林則徐を描いた時代劇で、横暴なイギリス人と戦う姿が抗日と重なって空前のヒット作となった。

　中国でも爆発的な人気を得た李香蘭は、北京で記者会見を開いた。会見終了間際に若い記者が叫んだ。「あなたは中国人でしょう。それなのに、白蘭の歌や支那の夜など中国を侮辱している日本映画になぜ出演したのですか？」

　彼女は、「私は実は日本人です」と告白しようと思ったが、「分別のない自分の過ちでした。今は後悔しています。あの映画に出たことをお詫びします。」と答えた。混乱した彼女の言葉に、湧き上がるような拍手がおこった。

　彼女は、「李香蘭を捨てよう」と決意、辞意を伝えた。 「私はこれ以上中国人になりすますことはできません。日本と中国との板ばさみで、ずいぶん苦しみました」　理事長の甘粕は「よくわかりました。長い間ご苦労さまでした」とあっさり承諾。それから一年もたたないうちに日本は敗れ、甘粕は服毒自殺、満映も消滅した。

　山口淑子に戻った彼女は、裏切者として漢奸裁判を受けることになった。しかし、家族が所持していた戸籍謄本で日本人であると証明され、無罪・国外退去になった。日本に帰国した彼女は、1948年に映画界に復帰し、1958年の「東京の休日」を最後に映画界から引退した。

　1974年には、自由民主党から参議院全国区に立候補して当選し、18年間参議院議員を務めた。2014年、彼女は94歳の波乱の生涯を閉じた。